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会津・歴史めぐり 幕末スポットを歩く

会津藩主松平家墓所と会津の歴史を逍遥

会津藩主松平家墓所と会津の歴史を逍遥

会津には激動の幕末期の舞台になった数々のスポットが点在。
会津藩主「松平容保(まつだいらかたもり)」をはじめ、討幕派と最後まで闘った武人ゆかりの地を訪れてみよう。

 

会津若松駅から、まちなか周遊バス「あかべぇ」で11分、会津武家屋敷へ

 
会津武家屋敷

県重要文化財が目白押し 武家の暮らしを見てみよう

会津武家屋敷

(アイヅブケヤシキ)

家老屋敷をリアルに再現。江戸時代の会津藩家老西郷頼母の屋敷を中心に、福島県重要文化財である旧中畑陣屋や数奇屋風茶室、藩米精米所などの歴史的建造物が軒を連ね、見ごたえ充分、歴史浪漫に浸れる資料館。
住所
〒965-0813
福島県会津若松市東山町石山院内1
電話番号 0242-28-2525
 

徒歩10分

松平家墓所

松平家の歴代藩主が眠る、山腹の広大な史跡

松平家墓所

(マツダイラケボショ)

静かな森の中に佇む、松平家歴代藩主が眠る墓所。国の史跡にも指定されている名所で、東西500mを超える広い山原に墓地が並びます。新緑や紅葉の時期に散策をかねてのお参りをする人も多いスポット。
住所
〒965-0813
福島県会津若松市東山町大字石山字墓山
電話番号 0242-39-1305
 

徒歩15分

天寧寺(萱野権兵衛・群長正・近藤勇の墓)

無念を抱いた武人たちがここに眠る

天寧寺(萱野権兵衛・群長正・近藤勇の墓)

戊辰戦争の戦争責任を背負い切腹した萱野権兵衛(かやのごんべえ)や、会津武士の屈辱をはらそうと16歳の若さで切腹した郡長正(こおりながまさ)、新選組局長を務め刑死した近藤勇らが、ここ天寧寺(てんねいじ)に眠る。
住所
福島県会津若松市東山町石山天寧208
電話番号 0242-26-3906
 

徒歩10分

会津慶山焼

やわらかな色彩の器を焼き上げる窯元

会津慶山焼

(アイヅケイザンヤキ)

会津の伝統工芸の一つである陶器を唯一市内で作り続けている窯元。自然の灰釉にこだわった日常の器作りがメイン。又陶工が直接指導する陶芸教室も常時開催しています。特に手びねり体験は1人1台ずつ手回しロクロを使うので本格的な陶芸が楽しめると好評。
住所
〒965-0813
福島県会津若松市東山町石山天寧67
電話番号 0242-26-2507
 

まちなか周遊バス「はいからさん」で3分 または徒歩約20分

白虎隊十九士の墓

戊辰に散った白虎隊の霊が眠る

白虎隊十九士の墓

(ビャッコタイジュウキュウシノハカ)

戊辰戦争のおり、16~17歳の少年たちで編成された白虎士中二番隊20人が戸の口原合戦場から退却し、滝沢峠の間道を通り、戸の口堰の洞門をくぐり飯盛山に辿り着くと、鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しました。
住所
福島県会津若松市一箕町八幡弁天下
 

徒歩5分

妙国寺

白虎隊士の仮埋葬地

妙国寺

(ミョウコクジ)

白虎隊士の飯盛山での自刃後、遺骸は埋葬を許されず、哀れに思った滝沢村の吉田伊惣治が、西軍の目を盗んで最初に埋葬した寺です。戊辰戦争のとき、会津藩が降伏後、藩主松平容保・親子が一ヶ月間謹慎した寺としても有名です。寺宝に日什上人直筆曼荼羅、釈迦涅槃像(刺しゅう)、田中正玄夫人使用什器などがあります。
住所
〒965-0003
福島県会津若松市一箕町八幡墓料78
電話番号 0242-25-3337
 

妙国寺から徒歩約20分、またはまちなか周遊バス「はいからさん」で8分、会津若松駅へ

このコースのルートマップ

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