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先駆的な会津領主、蒲生氏郷の足跡を辿る旅

キリシタン大名、蒲生氏郷の足跡を訪ねる

キリシタン大名、蒲生氏郷の足跡を訪ねる

蒲生氏郷(がもう うじさと)・・・13歳の時織田信長の人質になるもその才を買われ次女冬姫を娶るまでに昇進。
数々の戦功をあげる一方で、キリシタン大名でもあり、茶の道でも利休七哲のひとりでもあった、多才な会津領主。
先駆的で波乱万丈な人生を生きた蒲生氏郷の足跡を訪ねる旅。

 

会津若松駅から、バス15分、徒歩1分で、キリシタン塚へ

 
キリシタン塚

会津のキリシタン弾圧の歴史を伝える

キリシタン塚

(キリシタンヅカ)

キリシタン大名だった蒲生氏郷(洗礼名=レオ)の功で、この地にキリスト教が広まるも、その後、弾圧を受けた多数の会津キリシタンたちが処刑されることに。寛永9年(1632年)会津藩15人,白河藩13人,二本松藩14人,若松藩42人のキリシタンが処刑された、悲しい歴史を伝える碑です。
住所
〒965-0064
福島県会津若松市神指町黒川字薬師川原
 

バス10分

大町四つ角札の辻

氏郷の夢、商いの街・大町

大町四つ角札の辻

今から410数年前、自由経済都市をめざした蒲生氏郷によって作られた商店街「大町」。その後も会津藩の城下町として栄え、戊辰戦争など様々な歴史ドラマが繰り広げられてきた町です。町の中心となったのが、当時の面影を残す「大町四つ角」。筋違いの交差点は、敵から攻められにくいようにと作られたもの。
住所
福島県会津若松市大町
 

徒歩5分

鈴善漆器店

会津塗蒔絵体験

鈴善漆器店

(スズゼンシッキテン)

1832年、会津藩主松平家の御用商人として、鈴木屋喜兵衛が漆器業を開業したことから始まった鈴善漆器問屋。会津漆器の伝統を受け継ぐと同時に、モダンなインテリアやステーショナリーなども並びます。漆器に蒔絵を施す体験もできるので、伝統の匠の技を自身で体感してみては?
住所
〒965-0037
福島県会津若松市中央1丁目3‐28
電話番号 0242-22-0680
 

徒歩5分

蒲生忠郷の墓(高巌寺)

蒲生家最後の藩主、忠郷の墓

蒲生忠郷の墓(高巌寺)

氏郷、秀行に続き、僅か10歳にして会津60万石蒲生藩三代目の城主となった忠郷の墓。3メートル以上はあろうかという五輪塔が、高巌寺からやや離れたところにひっそりと聳える。26歳と若くして逝った忠郷の代で蒲生の名は断絶となりました。
住所
福島県会津若松市中央2丁目4−5
 

徒歩15分

蒲生氏郷の墓

会津若松の礎えを築いた名将「蒲生氏郷」が眠る墓

蒲生氏郷の墓

(ガモウウジサトノハカ)

興徳寺境内、突当りに佇む蒲生氏郷の墓。墓は空風火水地の五文字を刻した五輪塔で、京都大徳寺の本墓から分骨したものと伝えられます。墓前には、「限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風」の辞世の歌碑は、会津史談会が昭和28年に氏郷公360年祭を記念して建てたもの。
住所
〒965-0871
福島県会津若松市栄町2-12
電話番号 0242-22-2993
 

徒歩15分

鶴ヶ城天守閣(国指定史跡・若松城跡)

会津若松のシンボルは氏郷の幼名にちなんで名づけられた

鶴ヶ城天守閣(国指定史跡・若松城跡)

(ツルガジョウテンシュカク(クニシテイシセキ・ワカマツジョウアト))

氏郷の幼名「鶴千代」にちなんで名づけられた鶴ヶ城。氏郷は築城と同時に城下町の開発も実施し、商人の招聘、定期市の開設、楽市楽座の導入、手工業の奨励等により、江戸時代の会津藩の発展の礎を築きました。7層の天守閣から、会津の町を見渡してみよう。
住所
〒965-0873
福島県会津若松市追手町1-1
電話番号 0242-27-4005
 

鶴ヶ城からまちなか周遊バス「ハイカラさん」20分で、会津若松駅へ到着

このコースのルートマップ

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